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ダウンタウンが不仲だった時期はいつ?松本人志が暴露 解散に言及したことも

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ダウンタウンの松本人志さんが、相方浜ちゃんこと浜田雅功さんと一時期はかなり険悪なムードにあり、しかもその不仲状態は割と最近まで続いていたと「松本家の休日」番組内で告白していました。

10年という長期間に渡って不仲だったそうです。

小学校時代からの親友で、コンビ結成からほどなくして殴り合いの喧嘩をしてからお二人は「仕事仲間」となり、かつてのような友達ではなくなりました。そこまではファンも知るところですが、更にその後から「死ぬほど仲悪い」状態まで悪化していたとは意外です。

ではいつ頃からダウンタウンが10年ほどの不仲になったのかダウンタウン信者の私が考えてみます。

 

ダウンタウンコンビ解散について

一度だけ松本人志さんの口から言及がありました。

それは同じく同級生の放送作家高須光聖さんとのラジオ「放送室」内で、ふと高須光聖から「解散しようと思ったことは?」みたいなことを聞かれて、「それは一度もない」とハッキリ言っていました。

当初は松本人志の天才ぶりばかりが注目されて、コンビ格差もあったはずで、浜田雅功さんとしてはつらい時期もあったと思いますが、その信頼関係というのは同級生ならではかなと思います。

若手の頃のエピドードで面白かったのは、『笑ってる場合ですよ』という1980年ごろの番組に出た時に、漫才を披露したあと司会のサブローシローにネタを作ってるのはどっちか聞かれて、松ちゃん一人で作ってるのに、何を思ったか浜ちゃんが「二人で作ってる」と答えて、松ちゃんがそれにメッチャ腹立った、という話は笑いました。

最後は二人で漫才をするというのは決めているらしいので、ファンとしては再び漫才を見たいけど、その時が来てほしくないという複雑な気持ちです。

 

不仲の時期はいつなのか

松本人志さんが今回発言した、「頭の刈り上げ見ただけで腹立つ」は前も言ってましたよね。なので、ネタや番組の宣伝のために話題作りをしているわけじゃなく、本当にかなりの不仲状態はあったと思います。

喧嘩に関しては、若手時代に殴り合いの喧嘩をしたことがあるらしいのですが、松本人志曰く「割と最近まで」とも言っているので、大阪時代の話ではないでしょう。

敵は浜田雅功

あとは以前著書か何かで、『芸能界で天下を取ると共通の敵がいなくなってコンビ間の仲が悪くなる』『自分が遺書でベストセラー、浜田が小室哲哉からの楽曲提供でミリオンセラーを出した時に共通の敵がいなくなった』みたいなニュアンスの事を言っていました。

とするとこの時期に一時期不仲状態にあったと推測できるんですが、浜田雅功さんのCDが売れまくったのは1995年です。そっから10年となると2005年までということになるので、割と前の話なんですが、50歳を超えた松本人志の時間の感覚でいうと、最近というカテゴライズになってもおかしくはありません。

映画の失敗と結婚

あとは2007年に「大日本人」で映画監督に挑戦して酷評されたり、2009年には伊原凛さんと結婚し家族ができたりで、松本人志さんも丸くなっていたので、それに伴ってダウンタウンの不仲も徐々に改善されていったのかなと思います。

映画は確かに失敗でしたが、現在はネットフリックスでのドキュメンタルなどで新境地を開きました。ネット嫌いかと思いきやツイッターやったりネット配信に挑戦したりと何か模索する姿勢はさすがだと思います。

ということで不仲だった時期は1995年頃から2000年代終盤までなのかなと推察しています。

 

高須医院長はダウンタウンのファン

めっちゃ褒めてます。

 

ファンの反応

お笑い芸人は不仲の方が売れるという風潮

コンビやトリオなどの芸人は不仲の方が売れるという格言みたいなものがありました。というか昔は総じて不仲だったみたいです。

ただ近年はまた変わってるイメージですかね。サンドウィッチマンやさまぁ〜ずなどはプライベートでも交流があるようですし、お笑い芸人の在り方は変化しつつあるような気がします。

この辺は、コンビ間の仲が良ければ好感度が上がり仕事にプラスになるという世の中の状況に、無意識のうちに適応してるのかもしれないですね。以上ダウンタウンの不仲説と解散説についてでした。










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